Paranoia Diary

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壮絶なる海洋戦記小説の傑作 -女王陛下のユリシーズ号 書評-

 冒険小説作家アリステア・マクリーンと言えば洋画ファンには「ナヴァロンの要塞」が有名だ。ざっくり説明すると断崖絶壁をくりぬいて作られたドイツ軍の大砲を、少数の特殊部隊が破壊するという内容の作品である。かなり昔に映像化され、ヒットもしたのでアリステア・マクリーンの代表作でもある、だが、映像化されてない作品も数多い。その中でも「代表作の一つなのに映像化されてない大傑作かつ代表作」がある。

 「女王陛下のユリシーズ号」だ。

  第二次世界大戦序盤。まだドイツ海軍が優勢に立っていた時代、スカパ・フローを出航した巡洋艦ユリシーズ号を旗艦とする援ソ輸送船団FR77護衛艦隊が出発する。艦隊のルートは自然の猛威とドイツ軍の攻撃が入り乱れる死の海域、船団との合流までに艦隊は傷つき、脱落艦を出しながらFR77船団と合流する。だが、それすらも長く続く地獄の航路の始まりにすぎなかった……

 ざっとあらすじを説明するとこの通りだ。海洋冒険小説であるが、血沸き肉踊る艦隊決戦や派手な活躍が拝める戦闘シーンは殆ど無い。Uボートとドイツ軍爆撃機、そして全てを圧倒するドイツ軍重巡という凶暴な敵を前に、英軍艦隊――ユリシーズ号とその乗員が満身創痍になりながら戦い抜き、義務を果たすべく前へ進むFR77船団と護衛艦隊の1週間にわたる戦いだけが描かれた作品である。

 訳者も「アメリカ人には到底書けない作品」と評する通り、その結末は希望のかけらすらない壮絶な物である。無謀な命令を与える上官、荒れ狂う北海という大自然の猛威、ドイツ軍の執拗な攻撃、心許ない友軍たち、船団護衛というハンデ……様々な敵を前にただ押しつぶされながらも、それでも、前に進まねばならなかった男たちの死闘だけが淡々と、そして悲壮に描かれるその光景に目頭が熱くなる。

 キャラクターたちの描写もよく、個性ある英軍の船乗りたちがそれらの苦難に立ち向かっていく様がこれでもかと言わんばかりに描かれている。魅力的なキャラクターが立ち回るが、あくまで本編はユリシーズ号の中のみで進んでいくため、あたかも読みながら自分がユリシーズ号の乗員として乗り込んでいるような――そういった生々しさも文面から伝わってくる。

 病魔に侵されたヴァレリー艦長、狂言回しを勤めるニコルス軍医などメインキャラクターも印象深いが、ユリシーズ号の各所に配置されている末端の兵士に至るまで、全てが魅力的で出番は少ないながらも印象を残している。むろん、悪役もいるにはいて誤算による艦隊を危機に晒したティンドル提督、そもそもの無茶な航海を指示した上層部のヴィンセント・スター中将、人間のクズとしか言い様のないカースレイク中尉などもいるのも良い。

 また、登場こそ少ないが印象深いキャラ(艦)も多い。嵐で飛行甲板が曲がるほどの被害を受けても「曲がった飛行甲板もまた乙なもの」と打電する空母ディフェンダー艦長。爆雷無しにもかかわらずUボート相手に果敢奮闘し壮絶な最後を見せた駆逐艦ヴェクトラ、「我も英国海軍の面倒を見る余裕無し、あとから追いつく、また会おう」と打電しながら敵中ど真ん中で脱落し副長ターナーから「ヤンキーの船乗りは度胸がないと言う奴はその面をめり込ませてやる」とまで言わしめた輸送船オハイオなど、外にも魅力ある印象深いキャラがそろっている。

 全てにおいて人を圧倒する海洋戦記小説である。だが今作は映像化されていない。が、この重厚な物語はどうにかして映像化すべきとも言える作品である。でも無理なんだろうなあ……BBCあたりがテレビミニシリーズで作ってくれないものだろうか。

女王陛下のユリシーズ号 (ハヤカワ文庫 NV (7))

女王陛下のユリシーズ号 (ハヤカワ文庫 NV (7))